JC Communication
本エッセイは、株式会社ジェーシー・コミュニケーション代表の山本が、世界で体験してきた国際交流のエッセイ集です。49ヶ国/9年分の旅行や海外在住体験がつまってます。

筆者へのコンタクトはここをクリック。

会社HPブログ もどうぞ。
JC Communication
JC Communication JC Communication

第四章 バックパッキングⅡ

紺碧の海と歴史が交差するカルタヘナで逮捕される


朝早くキトを出発すると昼頃には国境に着く。そのままパスポートコントロールで手続きをして次のバスに乗り換えると夜八時くらいには比較的危険とされる地域を出ていた。途中で軍人らしき人が乗り込んできたが彼がゲリラ側なのか政府軍なのかは分からなかった。そのままパストという町に宿をとり、あとは順調に旅を続けていった。例えばポパヤンという町で植民地時代の町並みを見た。パストとポパヤンの間は素晴らしい風景でアンデスの山岳地帯が緑で覆われており豊かな牧草地が多かった(パストとは牧草地・放牧地と言う意味)。この美しい地と内戦という名の人殺しは上手くかみ合わない光景だったが、その内戦と上手くかみ合わない光景というのはその後も続いた。首都ボゴタは古い街並みが残っている都市で、歴史地区を歩くと落着いた雰囲気に浸ることが出来る。街に兵隊が溢れているわけでもなく、道行く人が内戦の恐怖に怯えているようにも見えなかった。

www.flickr.com

 そしてカルタヘナに着いた。この街はカリブ海岸にある港湾都市で高地にあるポパヤンやボゴタとは全く違った雰囲気をもっていた。まず太陽がまぶしい。アスファルトに照りつけられた太陽の熱は夜になってもなかなか引かなかった。そしてその光の量がこの街のイメージを形づくっていた。行き交う人々も自然と朗らかに見えてくるし、ボゴタでは見かけなかった道端で売られている冷えたオレンジジュースが不思議なくらい美味しそうに見えてくる。

歴史もある。カリブ海は南北アメリカ大陸のなかでも最初に殖民が進んだ地域である。カルタヘナも例外でなく、新大陸の他の都市と比べても古い歴史がある。前述のクスコにあった黄金などの財宝類はこの港からスペインへ送られていた。歴史地区の街並みは保存状態がよく、現代でも歴史の香りを楽しむ事が出来る。シミ一つない壁はオレンジや緑や水色に塗られており、太陽を反射して眩しいくらいだった。鉢植えの花はベランダを彩っていた。この様々な色に囲まれた空間というのはこの街の歴史と同じくらいに古いはずであり、また他のカリブ諸都市との文化的共通点である。太陽と色壁と潮風につつまれながら街を歩くと、カリブ海の反対側にあるジャマイカやプエルトリコが近く感じられた。

 カルタヘナは友達と一緒に旅していた。ボゴタの宿でポールというカナダ人のバックパッカーと知り合い、似たような旅行プランだったので一緒に旅行する事にした。彼と一緒にカルタヘナの宿に泊まっていたが、その宿でもまた別の知り合いが出来た。またあるイギリス人の友達はボゴタで出会ったのだが、彼は別の街を旅行したあと我々に追いついて来てカルタヘナで再会した。ベルギー人の友達は高級楽器の代理店をやっているらしく何度か商用で日本にも来た事があると言っていた。その宿は変わった造りで、一階建ての建物の屋上が共同の台所になっており、トタン屋根の下で料理が出来るようになっていた。外食に飽きた時やお金を節約したい時などはそこでパスタをゆでたりしてみんなで食事していた。

ある日、ポールと一緒に我々が気に入っていたいつものレストランで夕食を取り、夜に備えて近くの酒屋で酒を購入していた。いつもの様にビールとラム酒である。そしてお金を払っていると、後ろから誰かが私の肩をたたいた。警官だった。彼は丁寧な口調で一緒に近くまで同行できるか尋ねてきた。何も悪い事してないとはいえ警官に同行を求められるなど気持ちのいい事ではない。しかも発展途上国の警察組織というのは質に差があり、賄賂を取ったり逆に必要以上に権威主義的になったりする事もある。しかし、ここで同行を断っても逆に彼等を怪しませるだけなのでついて行く事にした。ポールはスペイン語が分からないのだが、何が起こっているのかは察しがついていたはずである。

私の両手には紙袋一杯の酒があったのでそのまま彼等について行くわけにもいかず、警官に頼んで買った酒類をホテルの冷蔵庫に置いてくる許可を得た。ホテルは一ブロックもないくらい近くにあった。冷蔵庫に酒を置き、身分証明書を持ってくるように言われたのでパスポートを持ってホテルを出た。ポールは一緒にホテルに入ったところまで憶えているが我々の部屋と台所を行き来しているあいだにはぐれてしまった。しかも、もし何かトラブルが発生するならわざわざ友達を巻き込む必要はないので、わざと彼を待たずにそのまま警官と歩き出した。その警官は一人減っても何の文句も言わなかった。この辺りに彼等は真剣に犯罪者を捕まえようとしているのではないという事が見て取れる。

警官が連れて行った所は公園の近くだった。道を交通止めにして柵で囲いを作り、その中に彼等が怪しいと思った人間をかたっぱしから詰め込んでいた。百人は超えていたと思う。売春婦や浮浪者らしき人達から普通の物売りの兄ちゃんやサラリーマン風の男までこの辺りの人間は全て放り込まれているようだった。後で聞いたのだが私のホテルがある辺りはあまりガラのいい地区ではなかったらしい。そのうちポールもやって来た。友情心のためか一人警察につかまった私のためにわざわざ追いかけてきてくれた。彼は一人では心細かったのか、途中で偶然出会ったベルギー人の友達も連れてきていた。そして我々は三人仲良く囲いの中に入れられてしまった。

一、二時間は経っただろう。私は最初こそ好奇心に任せて周りの人達にいろいろ話しかけたが、彼等もそんな所に入れられていい気分でいるはずがなく返事は滞りがちだった。そのうち話す相手もいなくなり私も暇を持て余すようになった。太陽は沈み、辺りには暗闇が漂い始めた。

そして警察は身分証明書をチェックし始めた。身分証明書を持っている人はそのまま釈放されていたが、そうでない人は警察署に連れて行かれていた。私はパスポートを持っていたので問題なく釈放されたが、ポールとベルギー人はパスポートのコピーしか持って来ていなかった。確かに国によっては身分証明書のコピーも原本と同じ効力がある。ポール達はパスポートという旅人にとっては命の次に重要な物を持って来て、たちの悪い警官に取り上げられる事でも心配したのかもしれない。しかし不幸な事に、ここにいた警官達はコピーを身分証明書だと認めずポールとベルギー人は釈放されなかった。

そのベルギー人は神経の図太さに欠けており、囲いの中に入れられた時から神経質だった。コロンビアという政情不安定な国で何の理由もなく警察に拘束されるという事だけでもう不安を感じているようだった。その上、大半の人間は釈放されているのに自分だけ警察署に連行されるという事に彼の神経は耐え切れなかった。彼はキレた。大声でわめきだし自分はなにもやってないと言い始めた。身分証明書の確認のみによって連行の有無を決めてしまう彼等のやり方を批判し始めた。それだけならまだしも、彼は叫び始めた。

「オレはベルギー人だ。俺にはベルギー政府がついてる。お前らこんな事すると、俺は明日の朝ベルギー大使館に直行してお前らの事を報告するぞ。俺の政府は文明化されてる。こんな事は許さないし、お前ら明日には全員クビだ。」

醜かった。そんな事と言っても通じるはずがなく、警官達は世界中のどの組織もそうであるように上司の指示に基づいて行動しているだけである。取り乱すだけならまだしも、自分の国家の威を借りて脅迫まがいの言葉を吐くなど見るに耐えなかった。違う文化の国を旅行しているのだから理解できないような事にも出くわすだろうが(私だってここで警察官達がやっている事は理解に苦しんだ)そういう時は彼等の社会の一面を見た事を楽しむくらいの余裕がないと旅などできない。ニューヨークを旅行していて交通渋滞につかまっても警官に文句を言う奴などいないだろう。

そして金持ち国家の人間が金持ちでない国の人間をどう見ているかという事をまざまざと見せ付けられた気がした。途上国の人間は先進国の圧力に屈すると思っている。少なくとも圧力を加える事が彼等の行動を変えさせる一つの手段だと思っている。これは別に全ての白人がそう思っていると言う訳ではない。このベルギー人みたいなのは少数派だと思うし、現に隣にいたポールは多少動揺していたものの他人を見下したような言葉は吐かなかった。また別に白人じゃなくても、日本人だって他のアジアの国で似たような目に会えば取り乱して脅迫まがいの言動をするかも知れない。ただ例外的とはいえ、きれいでない他人の腹の底を見てしまったようでいい気分はしなかった。

その後、彼等は警察署に連行された。私はホテルに戻り、彼等のパスポートを持って警察署へ急いだ。心配したホテルのオーナーや従業員も駆けつけてくれた。我々は中には入れなかったが、警察署の門から彼等の姿が見えた。他の連行されたコロンビア人達は留置所の中に入れられていたが、ポールとベルギー人は詰め所の外にあるイスに座っていた。彼等を留置所の中に入れると他の犯罪者まがいの人間が身包み剥がしてしまうというのがもっぱらの話だった。私が持っていったパスポートのためと、ホテルのオーナーが警察と懇意だったお陰で彼等は何とかその夜の内に自由の身となった。

深まった夜の道をみんなで歩いてホテルへ向かった。道に並んだ街燈が淡い光で我々を照らしていた。ベルギー人もポールも落着いてはいたが、まだ動揺が続いているのだろう。コロンビアの警察がいかに無能であるかを掻き口説くように喋り続けていた。人権というものがどこまで尊重されているか分からないコロンビアの警察署に留置された彼等の気持ちなどわかるはずもなく、ただ黙ってうなずいているしかなかった。

結局なぜカルタヘナの警察がそんな事をやったのか分からずじまいだった。たとえ法律で義務付けられていたとしても身分証明書の検査が犯罪捜査に役立つとは思えなかった。現に身分証明書の所持そのものは検査していても、その一人一人に犯罪容疑があるかはまったくチェックしていなかった。柵の囲いに閉じ込められていた時に聞いた人はこの街に潜伏しているゲリラを取り締まるためだと言っていたし、私には警察の秩序だった活動を示すためにやったのだと思われた。この日の一部始終はビデオカメラに収められており、それは警察幹部や地方政治家に見せてカルタヘナ警察のいい所を見せる材料になるとしか思えなかった。しかしそれも所詮は異邦人の想像に過ぎなく、真相は判らないままだった。夜が更けるにつれて彼等の心も落着いてゆき、次の日の朝になってもベルギー人は大使館へ駆け込まなかった。

www.flickr.com
Copyright © 2009 JC Communication. All rights reserved.