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本エッセイは、株式会社ジェーシー・コミュニケーション代表の山本が、世界で体験してきた国際交流のエッセイ集です。49ヶ国/9年分の旅行や海外在住体験がつまってます。

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第一章 メヘバ難民定住地

アフリカのスラムで考えたアイデンティティー


人種の分け方やアイデンティティー(自己同一性)というのは、時代や場所によって変わっていくものらしい。そういう事を最初に考え始めたのは、まだアメリカにいたころだった。私はアメリカのウイスコンシンというカナダとの国境沿いの州にある大学で勉強していた。ひょんなことでインド人と仲良くなり、インド人二人とアメリカ人一人と一緒に住んでいたことがある。大学は結構大きく、いろんな国から留学生が来ていたが、そこでどうしても解せなかったのは、インド人留学生とパキスタン人留学生の仲が良いということである。パキスタンとインドの政府のあいだでは長い間カシミール地方をめぐって争いが絶えず、戦争もあったしテロも続いている。両政府が核兵器を持っていることもあり、核戦争が始まるとすれば南アジアの一番確率が高いと言われているところである。

ある日、パキスタン対インドのクリケットマッチがありいっしょに観戦する機会があった。クリケットは両国における一番重要なスポーツで、南米におけるサッカー、ニュージーランドにおけるラグビー、日本における野球のようなものである。彼等のネットワークはすごいもので、あるパキスタン人の学生がどこからか特殊な衛星アンテナを調達して(アメリカでは通常のチャンネルではクリケットの試合など放送してない)、学生寮に臨時に備え付け、会議室みたいな部屋を借りてプロジェクターを使い観戦会を開いた。その観戦会に来た学生はインド人とパキスタン人が半々ぐらいだったのだが、彼等は仲良く平和にクリケットの試合を見ていた。薄暗い暗闇のなか、パキスタンが点を取ると右側に陣取ったパキスタンの学生が騒ぎ、インドが点を取ると左側に陣取ったインド人が嬉しがった。私にはクリケットのルールなど理解できるはずもなく、彼等の違和感のない観戦ぶりを観察しながら一人でアイデンティティーの妙について考えていた。

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重要なのはイギリスの人種差別主義者にとってインド人とパキスタン人の区別がつかないし、また仮に違いが分かったとしても、彼等の差別行為にとっては重要でないということである。南アジア人は当然のごとく自衛のため結束力を高めているし、それは彼等の南アジア人としてのアイデンティティーを強くする。他民族国家アメリカでも似たような話がある。ニューヨークのテロの後、一時期アラブ系の人々に対する感情が悪化した時がある。私のアパートに遊びに来たインド人の友達が言うには、彼がフィラデルフィアでスーパーのレジに並んでいると前に並んでいたおばさんから

「Go back to your county! 」(意訳: 自分の国に帰れ!)

と言われたらしい。そのおばさんには単にアラブ人とインド人の違いがわからなかったわけであり、笑い話のようだが本当である。インド人とアラブ人の違いが分からないなら、インド人とパキスタン人の違いなどなおさら分かるはずもなく、そういう社会で一括りにされ続けるとインド人とパキスタン人のアイデンティティーが近づいていくのも自然である。

アフリカで日本人と白人が一緒になってしまい、いつ戦争が始まっても不思議でない南アジアから来た移民が一つのグループになってしまうのは同じことを意味している。金持ちでいつもいい車にのっている外国人が「ムズング」として一つのグループになり、肌が浅黒くて辛い料理のレストランをやっている人達が南アジアとして一括りになってしまうのもアイデンティティーが柔軟で変化しやすいということを考えれば自然なことでさえある。

この人種の定義のいいかげんさ・柔軟さという面ではスラムの子供達も我々先進国の人々も大して差はない。それを考えると一見サファリツアーの観光客と動物のようだった我々の関係がぐっと近づいたように感じられる。私はこの後ザンビアに滞在中ずっとムズングとかチンデレ(アンゴラの言葉でムズングと同じ単語。白人・非アフリカ人という意味)と呼ばれていたが、そう呼ばれるたびに人種というコンセプトのいい加減さが感じられ愉快な気持ちになっていた。

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