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本エッセイは、株式会社ジェーシー・コミュニケーション代表の山本が、世界で体験してきた国際交流のエッセイ集です。49ヶ国/9年分の旅行や海外在住体験がつまってます。

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第三章 バックパッキングⅠ

ある貧困の例として:靴磨き少年の変貌


マチュピチュから一時間ほど山を下るとアグアス・カリエンテスという村がある。ここには鉄道駅がありトレッキングをしない人達はここまで汽車で来てマチュピチュに向かう事になる。ここでイスラエル人ロイと待ち合わせをしていたのだが、彼になにがあったのか時間になっても現れなかった。旅路では突然出会いが訪れ、そして分かれもしかりである。彼とはそれっきり会う事はなかった。

通常カミノ・インカのトレッキング代には帰りの汽車の乗車券も含んでおり、最終日の夕方の汽車でクスコまで帰ることになる。ただその帰りの汽車は二、三時間程度なのに三十ドル近くもするという現地の物価レベルでいうと信じられないくらい高値である。私とロイは最初にトレッキングの業者に申し込んだ時に交渉して、この乗車券を買わずその分だけ値引きしてもらっていた。というのも、この村に一泊して早朝の汽車に乗ると乗車券は三ドル程度ですむという情報を得ていたからである。朝と夕方でこんなに値段が違うというのも可笑しな話だがマチュピチュ観光は現地経済のかなめであり、なるべく多くのお金を観光客から得ようとする政府の努力なのだろう。

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ロイと会えなかったので一人で宿を探し始めた。思ったより宿もレストランも多く、この村も観光で成り立っているという事がわかる。宿もすぐ決まった。アグアス・カリエンテスというのはスペイン語で熱い水と言う意味で、その名の通り温泉がでている。私もさっそく温泉へむかったが、そこは海外の温泉の例にもれず水着を着けて入るプールのような所だった。しかし四日間山の中を汗だくになりながら歩きつづけた為に私の体は汗と埃でベトベトになっていたし、疲労感は体の隅ずみまで行き渡っていた。そんな状態で湯につかると快感で体が溶けていった。

その温泉である現地の子供と会った。彼とはマチュピチュから降りてくる時にたまたま何度か見かけたのだが温泉でも偶然一緒になり、少し会話をするとすぐに友達になった。年齢は十二歳。お湯をかけあったり、彼を抱き上げたり、湯の中に潜ったりしてたわいない遊びをした。周りのペルー人は変なスペイン語を喋る外人である私を好奇な目で見ており、幾人かは私の国籍や今ペルーで何をやっているのかなどを質問してきた。彼等にとって生の日本人を見る事はそうないはずであり、スペイン語を喋る日本人はもっと見た事ないはずである。しかも日本はペルーに比べたら眩いばかりの経済力を持った国であり、空手や禅などのミステリアスな文化を持った国である。またペルー人の血税を横領したフジモリ元大統領をかくまっているのも事実である。私はそんな複雑な感情が混じった視線を四方から浴びており注目の的だった。その子供はそんな注目の的である外人を独り占めにしている自分に優越感を感じているようで異様にはしゃいでいた。目は幸せに満ちており、周りにいる人の心さえも明るくしてしまいそうな笑顔だった。その日は湯から上がるとすぐに宿に帰った。久しぶりのベッドは吸い込まれていきそうなほど柔らかく、実際そのまま眠りの底へ落ちていった。

そして次の日は寝坊してしまった。早朝の汽車は七時まえ発くらいだったと思うが起きたのは九時過ぎていた。前日までの行動を考えると熟睡するのは当然だし、一個の小さな目覚し時計で足りないというのは事前に考えておくべきだった。しかし出発してしまった汽車を呼び戻す事は出来ない。この小さい村に発着する汽車というのは多くある訳ではなく次の便は昼過ぎだった。値段も三ドルではなくて高値の方の三十ドルを払わなければいけなかった。まったく予定外なのだが仕方がないのでこの村で時間をつぶすしかない。ぶらぶらしてみたがこの村には何の名所もないし、仕方がないので公園のベンチに座りこの村を観察しながら時間をつぶす事にした。教会の前では子供の集団が走り回っており、その横をレストランのおやじが店の仕込みに忙しく行き来していた。元々人間観察が好きな私としてはこの村人の人々を見ているだけで楽しかった。

そしてある事に気が付いた。こんな田舎村なのに子供の靴磨きが公園の片隅に一人腰を下ろしていた。最初は気がつかなかったが彼は昨日温泉で一緒に遊んだ子だった。そして彼は別人になっていた。

ロンドンには数ある名所に埋もれてあまり知られてない場所がある。ナチスドイツに追われてイギリスに亡命した心理学者フロイトが余生を過ごした家である。訪れてみても普通の家なので特別見所があるわけではないが、彼が生前に収拾していた古代文明の遺物コレクションが豊富に陳列してある。世界中から集められたこのコレクションは彼の古代神話への感心の高さを表している。実際かれは神話のストーリーを心理分析したり、そこから新しいインスピレーションを得て心理学研究の糧にしている。古代神話が人間心理を研究するにあたって実際どれくらい有用かは議論の余地があるかも知れないが、複雑な人の心を読み解く上で数あるパズルの断片の一つとしては活用されてしかるべきだろう。

フロイトが研究の対象とした中にギリシャ神話がある。オデュッセイアやイーリアスに代表されるギリシャ神話は今でこそ大学の教授が一生かけて研究するような対象となっているが、古代では庶民の間で語り継がれていた叙事詩・抒情詩だった。映画もテレビもなかった当時、叙事詩・抒情詩というのは庶民の娯楽の重要な部分を占めていたし、神話という面で言えば彼等の宗教観を形成していた。オデュッセイアは十年にわたる主人公の波乱に満ちた冒険談だが、神々が人間の一挙一動までコントロールしている様は聖書にも負けず宗教色が強い。現代で言うと映画と牧師の説教をあわせたような物と考えても的外れではないだろうし、それほど古代ギリシャ人の思考法と密接に関係していた。以下はフロイトの著作に出てくるわけではないが、ギリシャ神話オデュッセイアの一節である。この一節はゼウスの神が人間の運命を変えた時の事を表現している。

「轟きわたる声のゼウスは、ひとたび人を奴隷に落とせば、その徳の半ばを奪い給う」

そしてこの靴磨きの少年はゼウス神の響きわたる声にその徳を奪われていたかのようだった。輝いていた目は死んでおり、昨晩の気高さは消えていた。全身から発散されていたエネルギーのかけらもなかった。温泉では気高い少年だった彼はこの日はただの靴磨きに落ちていた。温泉の中では一人の子供として振舞っていたし、私を含め周りの人間もそのように接していた。その彼が今は王様が奴隷になるように靴磨きになっている。周りの人間も彼を靴磨きとしてしか接しないだろうし、その環境が彼をして乞食のように振舞わせていた。

そのうちお互い気がついて、自然に会話が始まった。正確に言うと会話は始まらず、彼は挨拶もそこそこに私に靴を磨かないかと勧め始めた。私が断ってもお構いなしに勧めてきた。そしてそのうち彼はチップをねだり始めた。チップとは名ばかりでこの状況でチップというのは施しと変わらない。彼は、

「アミーゴ、プロピーナ。アミーゴ、プロピーナ。」(アミーゴは友達、プロピーナはチップと言う意味)

と、病人のようにか細い声で迫ってくる。私は常日頃から自分の信条として他人に施しはしないように努めていたし、この日も一銭も与えなかった。特に彼とは対等な関係の下で出会い、小一時間とはいえ友達として遊んだ仲である。別に十二歳の子供と戯れたくらいで友情を感じたなどと言うつもりはないが、それでも彼にお金を上げたら昨日は平等だった我々の関係が崩れていくような気がした。また、アフリカやアジアなどの国々には完全に金持ちや先進国からの寄付や施しに頼って生きている人達がいる。彼等が本当に貧しく、自分達の力のみで生きていく事ができない場合なら問題ないだろう。しかし中には金持ちがよく考えずに必要以上に金銭的援助をやったために、貧しい達の自助努力を阻害している場合がある。そういう例を何度も目にするとなんだか自分も無知な金持ちになってしまいそうで、お金をあげるということに対して抵抗感を感じてしまっていた。

彼は孤児なのだろうか、それとも彼の両親が貧乏なのだろうか。そんな疑問が私の頭にこびりつき、彼がチップをねだる言葉は私の頭を素通りした。彼に両親はどこにいるのかと聞くと、別の町にいるという返事が返ってくる。それ以上聞いても、答えたくないのかそれとも目の前にいる金づるのアミーゴからチップをもらう事が頭から離れないのか、要領を得た返事が返ってこない。両親がいるのならなぜ彼等と一緒に生活してないのか。チリでボランティアしていた時の子供達のように家庭に問題があり追い出されたのだろうか。それとも両親がいるというのは嘘で彼はやはり孤児なのだろうか。そんな私の想像をかき消すかのように彼は私にチップをねだりつづけた。彼は何十回とねだり続け、私はそれと同じ数だけ断り続けた。時間はむなしく過ぎてゆき、汽車の時間になったので私はその公園を離れた。結局彼の身の上は分からずじまいだった。

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