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本エッセイは、株式会社ジェーシー・コミュニケーション代表の山本が、世界で体験してきた国際交流のエッセイ集です。49ヶ国/9年分の旅行や海外在住体験がつまってます。

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第一章 メヘバ難民定住地

農村部における経済的リスク


小作農が難しいという二つ目の理由は農作物の激しい値段の動きである。農民が努力して輸送問題を克服して何らかの形で農作物を近くの町へ持っていったとする。しかし物を市場へ持っていったとしても自動的に利益が確保されるわけではない。たまには大きな売上を出す時もあるが、値段によってはすずめの涙ほどしか売上がない時もある。実際農作物というのはハンバーガーやテレビと違い値段が激しく変わる。株式と同じくらいかそれ以上に値が上下し農民達は常に激しいリスクにさらされている。

私が知っている中で、価格変動が一番大きい農作物はエクアドール北部のジャガイモだった。メヘバにいた時期から二年後、私はそこで現地の自然保護団体でボランティアをやった事があった(アフリカの援助団体とは別である)。場所はコロンビアの国境近くの田舎にあるグアンデラという植物保護区だった。

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グアンデラはアンデス山脈の真ん中に位置し三千メートル強の標高のため人によっては高山病に悩まされるような所である。富士山でいうと八合目といったところか。私も高山病のだるさと頭痛に悩まされ、山岳地帯のグアンデラを歩き回ると気管支が焼けるような感じをうけた。私は高校時代ラグビー部に所属しており毎日走りこみをやっていたが、ランパスと呼ばれるラグビー独特の走りこみをやると酸素の欠乏を肺と全身で感じる事が出来る。グアンデラの坂を登る感覚はそれと全く同じだった。薄い空気に悩ませられながらも、昔の練習を思い出しみょうに懐かしい感覚がした。赤道直下に位置するのに、(エクアドールという国名はスペイン語で赤道という意味)朝晩の冷え込みは厳しく、絞りたての牛乳でつくる毎朝のミルクティーが身にしみて美味しかった。アマゾンのジャングルから運ばれてくる湿った空気から生まれる多くの降水量と、アンデス山脈の標高からくる低温の組み合わせから生まれる珍しい組み合わせのためにここには世界に例がない異様な森が繁っていた。例えばグアンデラというのはこの辺りの森に育成している変わった木の名前から来ているのだが、その木は地上から何本も根が昇り、地上数メートルで一つになって一本の木を成している。

その地域では近くの村人達が山肌に張り付いているような畑を耕している。約半分がジャガイモ畑であり、あと半分は牛に食わせる牧草地だった。村人はほとんどが植民地時代のヨーロッパ人と現地インディアンの混血であるメスチーソであり、言語は当然スペイン語である。発展の度合いから言うと、車を所有している人の割合や道路や学校の整備具合からいってザンビアよりは断然上である。

そこに居たのは二週間たらずという短い期間だったが、現地ワーカーにいろんなことを教えてもらった。赤道直下とはいえ高原気候に属するその地域は牧畜が盛んで新鮮な牛乳が豊富にあること。それを活かしてチーズ製造という付加価値のある産業へ移行しようと努力している人達がいること。養蜂をやり先進国レベルの高品質の蜂蜜を生産している人達がいること。野菜の栽培と販売を始めた人がいるが、始めた当初は野菜栽培そのものが現地文化では考えられない奇抜な事とみなされており、周りの人は彼をきちがい扱いした話など。平和な農村の風景の中にもいろんなドラマがあるのかと思うと面白かった。

私が居た時はちょうどジャガイモの収穫期で、畑の中央や道沿いにジャガイモがつまった袋が高く積み上げられていた。私はいつも現地文化を金の面から見ようとする癖が強く、この時も現地人マネージャーにジャガイモの値段を聞いた。一袋十二から十三ドル。(エクアドールは自国貨幣を捨て、米ドルを通貨としている。)例年に比べジャガイモが高く売れているらしく、そのマネージャーの口調や表情まで明るかった。彼もこの農村の出身であり、彼の親戚や友達は普通の農民としてジャガイモを耕作しているに違いなく、彼等の嬉しい表情が思い浮かぶのであろう。もうちょっとつっこんで聞いてみるとジャガイモ一袋あたりの値段は年によって違うが五ドルから十五ドルくらいで推移するらしい。 一袋あたり値段が年によって三倍くらい上がるという事であり、三分の一に減るという事でもある。それを最初に聞いた時はそんなに気に留めなかったが、後で彼等の立場に立って考えてみると大変な事だと分かった。彼等の殆どは小作農でジャガイモの売上で生計を立てている。その値段が三分の一になるという事は、彼等の収入もそれくらい変わるという事である。日本のサラリーマンの月給が月給三十万から十万に落ちるという事は考えられない。

メヘバでも似たような例がある。メヘバではトウモロコシ、キャッサバ、サツマイモが主要作物だったが、そのうちサツマイモは換金することを主要目的として栽培されていた。トウモロコシは換金しようと思えば売れるだけの市場性はあったが、主食だったので売れなければ自分で食べてしまうという選択肢がある。しかしサツマイモの場合は売ることを前提として栽培されているので、値段が下がったときの被害は大きい。彼等の食文化ではあまり食べることのないサツマイモは例え値段が下がっても自分で消費する量は限られており、泣く泣く底値で売っている難民がたくさんいた。値段のぶれはエクアドールのジャガイモほどではないが、それでも二倍以上の値段のぶれがあった。

なぜ輸送の話や作物の値段などという、一見アフリカの農民に関係ないことを書いて来たかという理由は彼等の置かれている経済システムの状況を説明したかったからである。要約風に書くと、交通手段が限られているために発展途上国の農民は自分の生産物を市場へ持って行って売りさばく事が非常に難しい。また値段の上下が激しいためにいくらがんばって作物を市場まで輸送しても収入は常に不確定である。自分の資産をすべて株につぎ込んでいるようなものだし、ただでさえ貧しい彼等が丸裸で嵐の中を泳いでいるようなものである。

逆にいうと社会条件が整っているために先進国の仕事が個人に無理な要求する事はほとんどない。例えば日本でも西洋でも現代工場は流れ作業をもとにした分業が進んでおり、各個人がやる作業は非常に単純な事が多い。彼等は製造の一工程を受け持っているだけであり、例えば車やウオークマンの材料を買うわけでもなく、製品を運送するわけでもなく、販売するわけでもない。これはメヘバのヤギ商人が飼育・運搬・販売を一人でやっている事と比べて正反対である。またアメリカ人が低賃金・低スキルの仕事を言うときバーガーフリッパーという言い方をする時がある。マクドナルドなどのファーストフードの厨房で働くと一部の調理プロセスは機械化され、材料については半分準備できた状態で店に配達される。残った仕事は肉を焼く時にひっくり返すだけぐらいであり、その仕事をする人をバーガーフリッパー(ハンバーグ肉をひっくり返す人と言う意味)と言う。当然、全ての作業内容はマニュアル化され何も考えなくても仕事ができるようになっている。普通の会社員でも分業をつうじて個人がやる仕事は専業化されているし、基本的に労働者は自分に与えられた仕事だけをやっていればよい。会計の仕事と営業仕事は分けられているし、一人の人間が生産管理と人事をやることはない。収入が下がる事はないし、そのため将来への計画は立てやすい。ようするに先進国では労働者が無理なく仕事をし、収入を確保できる社会的環境が整っている。極言すると、ヤギ商人の方が普通のサラリーマンより難しい仕事とさえ言える。

私がメヘバにいた時に行きつけの食堂があった。食堂といっても看板もなければメニューもない。小さな家にテーブルとイスが置いてあるだけで、隣の部屋で地べたに火を熾して料理をしていた。ただ家といっても壁は漆喰のような物で塗られており、通常の難民の家に比べれば断然質が高くなっている。食事は毎日シマと呼ばれる物でケニヤからアンゴラまで南部アフリカは一般的な主食になっている。ケニヤではウガリという名で呼ばれる事があるが、物は同じである。まずトウモロコシを細かく砕き粉状にする。それをお湯にいれて煮ながらかき混ぜるとマッシュポテトを硬くした様になり、それがシマである。シマは日本における米と同じように現地食文化の中心である。彼等は食事の度にシマを食うし、彼等の言葉でシマと食事という単語はほとんど同義語である。日本語で「飯食ったか?」と友達に聞かれたら、それは米のご飯だけを意味しているわけでなく食事一般を意味している。サンドイッチでもうどんでも飯である。彼等にとってのシマも同じで、彼等は「シマ食ったか?」という聞き方をするし、それは「食事したか?」と言う意味と同じである。また、多くの日本人が米を食べないと力がでないと感じているように、彼等もシマじゃないと力がでない、と感じている。このマッシュポテト状のシマを手づかみで食べる。おかずはだいたい野菜やカペンタだが、私のように金持ちが食堂で食べる時は鶏を揚げたものと野菜という場合が多い。最初は慣れなかったのだがいったん慣れてしまうと結構おいしいし、少なくともパンとおかずを食べるよりはシマとおかずを食べた方が合うと感じるようになった。

自分で料理するのがめんどくさいこともあって月曜から金曜まで、昼食は毎日この食堂で食べていた。私はザンビアに居る間、様々な食堂でシマを食ったがここのは格別だったし、なかなか飽きなかった。コックさんはその辺りにいるような普通のおばさんなのだが腕が良かったのだろう。しかし彼女は材料の仕入れから調理まで全てやっているに違いなく、またマクドナルドのバイト程度では彼女の料理の腕前にかなうはずはないだろう。なのに彼女の給料は先進国のアルバイトの数分の一さえもないと言う事実は、彼女の美味しいシマを逆に悲しくしていた。

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