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本エッセイは、株式会社ジェーシー・コミュニケーション代表の山本が、世界で体験してきた国際交流のエッセイ集です。49ヶ国/9年分の旅行や海外在住体験がつまってます。

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第四章 バックパッキングⅡ

サーフィンのメッカで南米人アルテサノと仲良くなる


モンタニータは思ったよりは大きな村だった。小学校もある。ただ道路は殆んど舗装されていなかったし、十分もあれば村を横断できそうな感じだった。私が探していた.アチス食堂はすぐに見つかった。ただそこのイネスというおばさんを探すには多少手間取った。彼女は別にアチス食堂で働いているわけではなくて、アチス食堂と同じ建物だが隣にある家に住んでおり、しかし本人はアチス食堂の前にある別の食堂で働いていた。最終的には会えたので、ちょっと時間をもらってカルロスがどこにいるか聞いてみると、今はどこにいるのか分からないという。仕方がないので彼女の家の前で待つ事にした。バックパックを下ろして、アチス食堂からイスを借りて休んでいた。

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モンタニータは浜辺の村である。一昔までは平凡な村だったのだが、数年前にサーフィンの世界大会が開かれた事がありそれ以来観光客が絶えないという。実際この村はバックパッカーや家族連れの観光で成り立っている。海岸線とそれに平行して走る舗装された道があるのだが、その二つを結ぶように一本の道があった。長さは三百メートルもないだろう。その道の一番海岸側にあるのがアチス食堂でその隣がイネスおばさんの家だった。この村の一等地といって良いいだろう。道端にはカルロスと同じ事をやっている人達がいた。ビール箱と板で簡単な台を作り、そこに所狭しとアクセサリー・工芸品を並べて売っている人が何人もいるし、ほんの目の前にも三人のコロンビア人が店を出していた。左側には太平洋の青が広がっていた。

結局この日はカルロスに会えずじまいだった。仕方がないのでこの日は宿をとって寝た。次の日にイネスさんの家に行くと、また昨日のコロンビア人達が店を出していた。自然と会話が始まりいろんな事を聞いた。彼等の生い立ち、今までどこを旅行したか、なぜここにいるのか、など。時間がたっぷりあるせいか会話も心なしゆっくり展開していった。

そうこうするうちに彼等と仲良くなり一緒に遊ぶようになった。いつも浜辺からすぐ近くに店を出している彼等とは何かと顔を合わせる事が多かったし、暇があると彼等の出店の裏に腰を下ろしていろいろ喋っていた。夜になると浜辺でラム酒を飲んだ。彼等は太鼓や笛を持っており、それを鳴らしながら即興音楽を楽しんだりした。モンタニータの夜は静かである。その静けさの中に波の音が聞こえ、ほろ酔いの頭に太鼓の低いリズムが響くのは心地よかった。

彼等と仲良くなるにつれていろいろな面が見えてきた。彼等はアルテサノ(手工芸人と言う意味)と呼ばれており、カルロスが言っていたとおり自分で作った工芸品を売ることによって旅費を稼いでいた。あまり綺麗な格好しているわけでもなく一見すると一昔前のヒッピーと変わらないし、実際あとで知り合うカナダ人バックパッカーは彼等の事をヒッピーと呼んでいた。私もあながち間違いではないと思う。しかし彼等自身はヒッピーと呼ばれる事を嫌っていたし、特に反ベトナム戦争や反人種差別といった明確な政治的理想を持っていないという点で確かに昔のヒッピーとは違っていた。

彼等アルテサノは国ごとに道のあちこちに陣取って工芸品を売っていた。彼等の国籍は、コロンビア、エクアドールはもとより、ブラジル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンと、南米の殆どの国から来ていた。親しくなったコロンビア人のグループを通じて他の国のアルテサノ達とも友達になり、彼等の個性が伝わってきた。

一番強烈なキャラクターを持っていたのはボリビアの友達だった。年齢は三十歳くらい。身長はそんなに高くないが、いつも上半身裸で褐色の肌と増えてきた贅肉を見せながら闊歩する様はそれだけで存在感があった。声は大きくしゃべり方もがさつで腰につくくらい長い髪はどれだけ洗ってないのか分からないくらい汚い。誰も彼の実名を呼ばず、ワイキというあだなで通用していた。ワイキというのはボリビアの原住民の言葉で「相棒」という意味らしい。それとは別に彼にはもう一つあだながあり「ボリビアから来た最後の類人猿」と呼ばれていた。ことある毎にこのあだなでからかわれていた彼には失礼だが、これはアルテサノの間でリーダー的な立場だった彼への愛情と尊敬の現れでもあり、本人も別に気にしてなかった。

正反対にインテリと呼ばれていたアルテサノもいた。最初に仲良くなったコロンビア人グループの一人で、いつも眼鏡をかけており静かな物腰はまさにインテリというあだながぴったりだった。面白いのはインテリなのは外見だけではないという事で、実際彼はコロンビアで一番いい大学を卒業していた。見かけや物腰だけではなく考え方も少し違っており、周りの人間と一線を画するような雰囲気をかもしだしていた。

仲間の中には工芸品を売るアルテサノだけではなく、芸をして客を集め投銭でお金を稼いでいる大道芸人もいた。エクアドール人の友達はまさにそうだった。鎖の先に灯油を染み込ませた布生地を付け、それに火を点けた状態で鎖を振り回しながら踊ると炎が綺麗な円を描きつつ乱舞しているように見える。彼は日が暮れるとその芸を道端でやり、またある時は野外クラブでやり、モンタニータの南国の雰囲気を豊かにしていた。(この村のクラブは全て屋外で踊るようになっていたので火を使っても問題なかった。)身長は低い上に、上の前歯は二本とも抜けており一見すると貫禄のあるタイプではない。しかし人と接するのは上手く、自己主張も必要な時に必要な強さでやる度胸と能力もあった。彼がワイキを軽くあしらう様は横で見ていても面白かった。

そうこうするうちにカルロスが泊まっている宿が分かり訪ねていったが、彼はもういなかった。宿の主人の話では別のチリ人の友達と他の町に行ったとのこと。それ以上彼を追いかける手段も必要もなく、結局彼とはその後も会う事はなかった。しかしリマの安宿で一晩会っただけの彼のためにこんな田舎まで来る事になりアルテサノ達と知り合えたという事に旅の妙味を感じずにはいられなかった。

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