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本エッセイは、株式会社ジェーシー・コミュニケーション代表の山本が、世界で体験してきた国際交流のエッセイ集です。49ヶ国/9年分の旅行や海外在住体験がつまってます。

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第二章 チリ共和国

日本人が一番ステレオタイプでとらえている南米大陸


 この章は南米という大陸の説明から始めなければいけない。そしてそれは南米の国々を一括りにしてはいけないという事から始めなければいけない。確かに似ている面もある。南米諸国はすべてカトリック国で、一部の国々を除いてスペイン語を公用語とする。植民地時代を通じて国が出来上がったと言っても無理がないくらい強くスペイン・ポルトガルの影響を受けている国々が多く、文化的な背景は似ている。しかし、それだけでは南米の半分を見ているに過ぎない。

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アルゼンチンやチリは西洋の制度がうまく機能しており南米でも一番豊かな国々である。人種的にも文化的にもヨーロッパに近く、韓国や台湾と並んで新興工業国として少しずつ経済発展している。パラグアイやボリビアは西洋の影響が薄い国で経済発展も後れている。パラグアイとアルゼンチンを旅した時はパラグアイの首都アスンシオンからの夜行バスで首都ブエノスアイレスに向かったのだが、両国の違いがはっきり分かり面白かった。パラグアイは典型的な発展途上国の雰囲気をもっており、バスターミナルは薄暗く壁はよく掃除されてなかった。道は狭い部分が多く道沿いに並ぶ家々をすり抜けるようにバスが走っていく。出発前に飲んだビールのせいか、首都アスンシオンを出て国境を越えたあたりからぐっすり眠れた。翌朝目が覚めると、バスは昇り始めた朝日を受けながら整備されたアルゼンチンの高速道路を走っていた。パラグアイにいた時に比べて倍近くスピードが出ているのに走行音が静かで揺れは少なく、道路がきちんと整備されている事がすぐ分かった。ブエノスアイレス郊外に近づくにつれて欧米企業の工場群を通り過ぎ、左右には近代的ショッピングモールが立ち並んでいた。現在アルゼンチンは金融危機から完全に脱しておらず、また田舎に行くとまだ近代的とはいえない側面も見られることであろう。しかしそういった現実があるとしても、私がバスからみたブエノスアイレス郊外の光景は先進国と全く変わらなかった。

 最初に行った南米の国はチリである。ここに一年半住んでいた。ここでの経験は想像していたのに比べたら刺激のない、ともすれば平凡な生活になりがちだったということがいえるだろう。それは私が南米大陸の陽気さ・朗らかさに過大な思いを抱いていたからであり、犯罪・隣国の内戦が多いのではないかという危惧を持っていたからでもある。それらが間違いだったか、仮にそうではないにしてもいくらかの誇張があったのは確かである。

南米人はたしかに陽気で朗らかかもしれないが、ネクラもいるし内気な人間もいる。しかもチリ人に関して言えは「南米のイギリス人」と呼ばれているくらい穏やかな国民性をもっている。平均で言えば普通の日本人が南米人に対してもっているイメージほど陽気ではないと言えるだろう。犯罪に関しても同じで、スリなどの軽犯罪は多少あるが強盗や殺人などは稀に新聞を賑わすくらいである。チリは一八一八年に独立して以来一度も内戦をやった事はないし、私がいた二〇〇二年の時点でいうと南米と中米を合わせても内戦をやっていたのはコロンビアの一国のみである。確かに冷戦時代の一時期は中米で米ソの戦略に基づく様々な援助を受けた政府・反政府組織が血を流しつづけたこともあるが、それらは全て和平合意に達している。

数年前のチリ映画のヒットで「タクシー・パラ・トレス(Taxi Para Tres)」というのがある。タクシー運転手と泥棒という社会の底辺で生きている人達をコメディータッチで描いた作品である。その映画が日本の雑誌で紹介されており、思わず目が行ったが、その記事の最初の一文が印象的だった。 「貧困と犯罪に悩むチリを舞台に・・・・・」

確かに貧困も犯罪もある。しかしチリは貧困や犯罪に悩んではいない。最近は凶悪犯罪が増えているとはいえまだ世界有数の安全社会である日本に比べたら、確かに多いだろう。しかし、チリにはアメリカの大都市や他の発展途上国にありがちなスラムと言うものがないし、犯罪といってもスリや引ったくり程度で強盗や殺人をいうのは比較的少ない。夜でも、女性はまだしも男だったら一人歩きも問題ない。貧困層の人々もいるがそれはどちらかというと少数派で、人口の大半は中流階級に属し、豊かさの度合いは違っても毎日の食に困る事はなく子供達は学校で勉強するのが普通の人々である。そういったチリの現実を知る人は少なく、現実を知らないと雑誌の映画紹介程度の記事ではどうしてもチリを他の発展途上国と同じように考えてしまうのだろう。

実際生活してみると、チリがほぼ準先進国といえるくらい発展した経済や社会システムを持っている理由がよくわかる。例えば、教育を重んじ努力を惜しまない中産階級が思いのほか多い。私のある知り合いに昼間はコンピューター関係の会社で働き、会社が終わったら毎日夜間のコンピューターの専門学校で勉強している人がいた。また別の友達は昼間は木材問屋で働き、夜は料理の専門学校で勉強していた。二人とも裕福な家庭に生まれているわけでなく、特別秀才で大学に行けるほど高校でいい成績を修めたわけでもない普通のチリ人である。かといって貧困層で生まれ育ったハングリー精神に満ちた人達ではなかったし、野望に満ちている訳でもなかった。しかし彼等は自分なりに将来の事を考え、教育とそこで身につけた技術のみが自分の人生で役に立っていくという事を信じ、だからこそ努力を惜しんでいなかった。朝の九時から夕方の五時まで働き、その後すぐ専門学校に行き夜の十時すぎまで勉強する。夜、家に帰って夕食を食べたらもう寝るだけである。そんな生活を二年も三年も続けるというのは簡単ではない。

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