第三章 バックパッキングⅠ
サンチアゴから北行きの夜行バスに乗る
バックパッキングもしくはそれをやる人をさすバックパッカーという言葉は最近では結構使われるようになってきたと思う。登山やキャンプに使われる大き目のバックパック(リュックサック)を背負い旅する事である。お金を節約するために安宿にとまり、飛行機はなくなるべく使わないようにしてバスや鉄道で移動しようとする。かといってお金がまったく無いわけではなく、ただ時間には比較的余裕のある若者が限られた予算で長く旅行しようとするとそうなるだけの事である。実際普通のパック旅行でヨーロッパを二週間旅行しようとすると三十万から四十万はゆうにかかってしまう。物価の安い国をバックパックしたら同じ予算で三ヶ月は旅行ができるし、また逆の見方をすると貧乏旅行と言っても数十万くらいの金は使う。
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それまでに私はちょくちょくバックパッキングをしていた。アメリカで学生していた時にヨーロッパを三週間ほど旅行したし、就職する前には三ヶ月ほどかけて南欧・中東・アジアと回ってきた。そういった経験が豊富にあったためバックパッキングや旅行というものに多少飽きたという感覚を持っていた事も確かだ。しかし、南米をもっとよく見てみたいという望みは捨てがたく、旅から得られる体験と知識は自分への糧となるというのは経験的に分かっていた。また、学生ほど自由な生活が送れるのは人生においてそうないという事を考えるとやるべき事はおのずと明白になっていった。夏休みになると私は身の回りの物とパスポートとクレジットカードをバックパックへ詰め込み、サンチアゴのバスターミナルから北行きの夜行バスに乗った。
チリ北部のボリビア国境近くにアタカマ(正確にはサンペドロ・デ・アタカマという)という村がある。村の端から端まで歩いても二十分あれば十分なくらい小さいのだが、旅行者が少ないチリ北部にしてはめずらしく、ここには結構バックパッカーが多い。ホテルもレストランも値段が手ごろで、何かとすごしやすかった。ここにバックパッカーがたくさんいるのは、一つにはこの辺りにある火山と砂漠の景観がいいという事がある。間欠泉もあるし、岩が重なり合った景色とその向こうに雪をかぶった山々が並ぶ風景はなかなかいい。日本人は富士山が好きであんなきれいな形をした山は他にはないと思っている。私もそう思っていたが、チリ南部には富士山と全く同じような山があるし、ここにもそれに似た山は結構ある。きれいな形の山に、山頂付近には雪が積もっている。山肌は茶色だし高さは富士山と違うとは思うが、アンデス山脈の中に富士山を見たような気がして妙に面白かった。
アタカマにバックパッカーが集まるもう一つの理由はボリビアへいくツアーの発着地だからである。アタカマから国境を越えてボリビア側のアンデス山脈を旅するツアーは素晴らしく、現地情報には通じているはずのバックパッカーでさえも知らない人がいるくらい穴場的存在でもある。私もたまたま知り合った旅行者から話を聞かなかったらそのまま北上してペルーの方に行っていたかも知れない。
そのツアーは車に食料を積み込み、途中の村にある宿泊施設に泊まりながらボリビアのウユニという町まで行く二泊三日の旅だった。国境付近のアンデス山脈は道路が整備されているわけではなく、車両が通るわだちがある程度である。車は当然ジープ(実際はトヨタのランドクルーザーだった)である。それだけ人里はなれた所だから個人で旅行するのは不可能に近く、だからこそ現地のツアーオペレーターが商売するニーズが出てくる。値段も宿泊費・食事込みで七十五ドルと日本の感覚でいうと格安にちかいだろう。
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